東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

4月7日の火曜日、僕は立石にいた。都の自粛要請を受けて、少なくともゴールデンウィーク明けまでは休業。その後、再開の日は未定だという「宇ち多゛」に挨拶をするためだ。

あいにく、店の営業には間に合わなかったが、椅子が上げられた店内で三代目の朋(一郎)さんとは話すことができた。


「じゃあね、今度会う時には、お互い元気な姿で会おうね」、

10分足らず現在の状況について話した後、どちらからともなく、そんな挨拶が零れた。


その足で踏切を渡り、西村(浩志)くんの「ブンカ堂」へ。


「ブンカ堂」は、道路に面するすべてのガラス戸を開放し、少しずつ間隔を置きながら客たちが思い思いの酒を傾けていた。席に着くと、開口一番に西村くんが言った。

「迷ったんですけど、明日からウチもお休みすることにしました」。


小中(学校)の先輩である朋一郎氏の判断に従ったということだけでなく、子どもの頃から大好きだった志村けんさんの死にショックを受けたと言う。


立石駅建て替えのため、「ブンカ堂」近くに移転し、ようやく開店したばかりの「蘭州」も休みに入る貼り紙があった。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

僕は、仕事終わりで駆け付けた女性と合流して、「丸忠」で久保本家の「生酛どぶ」のお燗を頼み、今、店を仕切っている「二毛作」日高くんのお姉さんと話していた。


途中、娘さんを連れた日高くんもやって来た。「二毛作」は、もう既に休業中とのこと。お隣のおでん種屋さんは、姉と弟、2人のお母さんだ。


「そうだね、手洗い、うがいして、お互いさ、今度会う時まで元気でいなきゃね」。


掃除を終えた「宇ち多゛」のお母さんが、おでん屋のお母さんと挨拶している声が隣の店から聞こえてくると、僕はたまらなく切なくなった。


僕らはもう一本だけお燗を頼み、その日最後の客となった。


静かに、立石の街は暖簾を降ろした。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

撮影:宇ち中

6月2日、「宇ち多゛」の前には、いつもの行列はなかった。


前日から、ひっそりと開店していたが、密を避けるためSNS等での告知はしなかった。集まった常連たちも、「いたずらに(SNSに)UPしない」という暗黙の了解で結ばれている。


店の前に(消毒用の)アルコールを置き、マスク姿で接客するスタッフと一緒に、客たちにも大好きな店を守りたいという気持ちが溢れている。


久しぶりに飲む梅割は、ストレートに心と身体に染み渡った。


いつも以上に私語を謹んでいても、客たちの心はじんわりと温かくなっていたはずだ。


途中、ほんのりと客足が落ち着いた頃、朋さんが近くまでやって来て、マスクを少しだけずらし、晴れやかな笑顔を見せてくれた。


「元気そうで何より、安心したよ。なんだかさ、もう来れなくなった奴とかもいるらしいんだ…」。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

常にトップを走り続ける店を任される者としての、自負と限りない責任感。

近隣の店、ひいては街そのものを背負う存在である彼は、誰よりも早く、きっぱりと、休業の道を選んだ。縮小営業も、テイクアウェイすら、しない。


店から、自分を育ててくれた街から、感染者を出さないこと。


それは、他店の鑑となるべく宿命づけられた一流店としての決断だった。

かつて、「レバーのわか焼き(レア)」をいち早く(メニューから)外した時と同じく、彼は冷静だった。もちろん、心の中には様々な苦悩や焦燥があったに違いない。


だが、彼の背中にはいつも、街を背負って立つ「宇ち多゛」という暖簾がある。


5時をまわって、外には少しずつ行列が出来てきた。

みんなマスクをキチンとして、少しずつ間隔を空けて並んでいる。客の誰もが、自分の大切な店を守ろうとしてルールを守っている。


その姿に、じわじわと目頭が熱くなった。そして、自粛生活の中で感じた微妙な違和感について考えた。


僕らが自粛し、努力したのは、国や都・県、その他諸々のお偉い方たちに指導されたからではない。


愛する人たちや、愛する店を、そして自分自身を守るためだった。

そのことを、これからもずっと忘れたくない。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

仲見世と並行する駅前のアーケードにも、通り過ぎる人はまだ少ない。

踏み切りの向こう側には、再開発に向けて開かれた広大な空き地と、入り口からのワンブロックだけになった「呑んべ横丁」の後ろ姿が見える。


「鳥房」の前を右に通り過ぎて、「蘭州」新店舗を左に通り過ぎると、「ブンカ堂」の緑の暖簾が見えてくる。硝子戸は外されていて、カウンターの端に消毒液が置かれている。コロナ後の、酒場の風景だ。


あの日の「丸忠」と同じ「生酛どぶ」をソーダで割ってもらい、浅漬けのヨーグルト和えを楽しんだ後、「白」を頼むと、目の前にズラリと自然派のボトルたちが並ぶ。


『ラディコン』に『ビネール』、そして、『ファブリス・シャイユー』の「レ・マルガ」。(レ・ヴィーニュ・ド・)ババスのセバスチャン・デルヴューの中学時代からの友人。なんだか西村くんと、「宇ち多゛」の朋さんを思い出す。


頭の中で、フランスのロワールと立石が繋がる。



東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。


「宇ち多゛」に飛び込み、ストレートの梅割で最上のモツを食べた後、おなかに余裕があれば裏の「栄寿司」へ、鯖と赤貝をつまんで、踏み切りを渡る。


「ブンカ堂」で自然派ワインや日本酒を楽しんで、〆は「蘭州」のいくらでもいける水餃子で紹興酒を。


大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まっている。

まだまだ油断は禁物だけど、呑んべえのプライドをちゃんと守って楽しめれば、今日より明日は少しだけ眩しくなるはずだ。

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。

宇ち多゛

店舗の希望により住所、電話番号は掲載不可


栄寿司

東京都葛飾区立石1-18-5

TEL:03-3692-7918


ブンカ堂

東京都葛飾区立石4-27-9
TEL:03-5654-9633


蘭州

東京都葛飾区立石4-26-12

TEL:03-3694-0306

東京の酒都・大人のワンダーランド、立石の日常が少しずつ始まりかけている。
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